スポンサーサイト  

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Posted on --:-- [edit]

category: スポンサー広告

tb: --   cm: --

ブログ  

ず~っと放置していたブログですが、これからはもっとマメに更新していこうと思っています。
書くことがあれば・・・ですが。
スポンサーサイト

Posted on 02:08 [edit]

category: 未分類

tb: 1   cm: 0

個展「青いタマゴ」  

今さら・・・・な話ですが。

6月の22~24日に人生初の個展を開いたのです。
3日間、多くの方に来ていただきました。

またやりたい・・・・!!!
そう強く思ったのでありました。

看板

Posted on 02:04 [edit]

category: 創作

tb: 1   cm: 0

陸前高田市で網作り その2  

住田町基地を7時半に出発。

受付とオリエンテーションを終えて、現場へ。
今日もSさんと網屋さんが待っていてくれた。
網屋さんが「今日はイイお土産あるがらね!」っていう。
「えっ?なんですか?」と聞いたら、
「ワカメもってくるがらさ!頼んであるがら!」って。
ひええええええ!!!もうそれ聞いただけでテンション最高潮に!!
三陸のワカメだよーーーー。

そんな嬉しいお知らせを受け、張り切る私たち。
今日のメンバーは秋田チーム5人、昨日と同じ男性2人、
そして岐阜から来たというご夫婦。

前日の網を編む作業を再開。
その間に、Sさんは新しい別の網を用意している。
編み方がまた違うらしい。
途中から、Sさんの孫娘のAちゃんが遊びに来た。
すごく賢い子で、何でも知っているし大人の作業もよく見ている。
「邪魔だがら早ぐ帰れ!!」とSさんは怒っていた(笑)
でも、邪魔とかじゃなく、目を離した時に何かあったらと
心配で仕方がないんだろうなと思った(^^)
破壊された岸壁は本当にすごいことになってる。
実際この後、Aちゃんは崩れたコンクリートの上で遊んで滑ったらしく、
海に半身落ちていた(--)

Aちゃんはこちらから聞かなくても
自分の家族のことをいろいろ話してくれた。
多分、Aちゃんの話によると、
Sさんの家族はみんな無事だったようだ。
ただ、Sさん一家は財産というものは全て失ったのだから、
大人たちの大変さはAちゃんもきっともう分かっているだろう。
3年生なのに、すごくしっかりしている印象が強い。
私たちが網を編む時に使う針への糸巻きを一人でやってくれたり、
ナゾナゾを出してくれたり。おかげで本当に楽しい作業となった。
「オレねー、サクラのバイトやったことあるよ!」と元気に話す。
「サクラ?その年で?コンサートの?イベントの?」と聞くと、
「え?桜を植えるんだよー」という。
「あ!3.11桜ラインか?」って聞いたら
「うん!植えさせてくださいって、電話かけたりしたんだよ!」と。
「すごいねー。それは頑張ったね」というと、嬉しそうだった。
あと、シール手帳を持ってきて見せびらかしたり、
やたら加藤登紀子の話をしていたwww 
本当に可愛い子であった。


fune1.jpg
お?何かがこっちに来るぞ・・・・

fune2.jpg
船だ!漁船だ!

fune3.jpg
ひゅーっ!!
ワカメを載せた船が近づいてきた!
すげーーーーー!!

fune4.jpg
船から直接もらえるとは!


wakamehakobi.jpg
我先にと群がり運ぶ


家も船も漁の道具もそして港の設備も、
全部を失ったSさんたちからの心尽くし。
本当に感謝の気持ちでいっぱいになりました。



網屋のおじさんが、「ボランティアの人たちもだけどさ、
震災の後は警察も消防も自衛隊も、みんな本当によくやってくれたんだよ。
俺の甥っ子も流されて、8月にすぐそこで上がったんだ。
遺体安置所探して歩いたけど、
警察の人たち本当に一体一体丁寧に扱ってくれてさ。
ありがたかったよ。自衛隊もホントによくやってくれてさ。」と。
直接聞くと、やはりどうしても涙が出てしまった。
「いつくらいから落ち着いてきたんですか?」と私が聞くと、
「まーだ全然落ち着いてなんてないよー。
だって何も変わってないもの。変わったことといえば、
避難所から仮設に移ったってことだけだよ」と言っていた。
本当にマヌケなことを聞いてしまったなあと思った。

Sさんも、被害について少しだけ話してくれた。
「全部流されて、何もかんもなくなってしまった・・・。
網も、注文したのがやっと届いたんだ。
注文殺到しててなかなか出来ないんだよ。
拾ってきた網もあるから、それも修理して使うんだ。 
でも何より、まだ行方不明の人が26●人もいるがらね・・・」と。
聞き逃してしまったけれど、Sさんは正確な数字を言っていたと思う。
仲間もなくしたのだろう。


私が参加した作業はこれまで肉体労働系が多かったので、
地元の方とゆっくり話す機会はほとんどなかった。
実はホっとしている部分もあった。
過酷な体験をした人々に何を話せばいいのか。
不用意な発言で傷つけたりするより、
会わずに帰るほうがいいのかもしれない。と思っていた。
けれど、実際に話をしてみれば、これが本当に楽しかった。
秋田の人と変わらない。人見知りだけど温かい東北の民だ。
私のほうが構えてしまっていたけれど、一生懸命お手伝いして、
バカバカしい話で笑い、同じ時間を過ごせばいいのだと思った。
ていうか、私なんてそれしかできないのだし。
経営再建の相談に乗れるわけも、心のケアができるわけでもない。
何をあんなに構えていたんだろう。バカみたいだ。

陸前高田の人の魅力の一部に触れることのできた2日間でした。
Sさんたちの作業の様子を見に、お酒持って港にまた行きたいな。

Posted on 14:04 [edit]

category: ボランティア

tb: 0   cm: 0

陸前高田市で網づくり その1  

最後に被災地に行ったのは昨年の11月26日。
陸前高田のボラセンでの写真洗浄作業が最後でした。
やっと秋田にも春がきた。道路の雪も完全に消えた!!
というわけで、5ヶ月ぶりのボランティア活動へ。

行き先は陸前高田市。


今回は、陸前高田市米崎町の脇ノ沢漁港にて、
定置網づくりのお手伝いという作業でした。

途中、車窓に映る高田の中心地は、
瓦礫が減ったかなあとは思うけれど、
瓦礫も場所を移動しただけなのかな?
少しは県外に持っていったのかな・・・。

現場につくと、依頼主の漁師のSさんが待っていました。
Sさんの指導の下、私たち秋田チーム7人に、
東京と千葉から来ている男性2人の総勢9人で早速作業開始。
でも、やっぱりそう簡単にできるわけもなく。
編み始める部分の亀結びと、終わりの玉結びがすごく複雑!
決して取れないようになっている結び方。
ここをちゃんとやらないと、魚が逃げていく~~~~!
いきなりものすごい責任ある仕事。
みんな真剣なのだけれど、なかなか進まない。
でも、Sさんや仲間の方は親切に辛抱づよく教えてくれる。

ami.jpg
丁寧に教えてもらい・・・




2012_04_21_10_24_48 (1)
編み目を目で追って、みんな真剣


港はメチャクチャに破壊されたままで、
巨大なコンクリートの壁がいくつもなぎ倒されている。
建物も枠だけ残してボロボロ。
その枠だけ残った建物の中で、
お母さんたちがカキの種付け作業をしていた。
笑い声も聞こえてくる。
水門の後ろには、JR大船渡線の脇ノ沢駅があったのだそうだ。
何もない。線路も途中は土砂崩れやなんやらでとぎれとぎれ・・・。


私らは寒くて「ひえええええ」と思っていたけれど、
これよりもっと寒い中で漁師さんやその奥さんたちは
毎日作業しているんだよなあと思うと、
海で暮らすことの大変さと、
そこでもたらされる恵みへの誇りというのを感じました。
「こごのカキは築地にもってけば
日本一の値段つぐんだよ」と教えてくださった。
私は寒い季節のカキといえば、広島や宮城しか知らなかった。
広田湾のカキは一般のスーパーには並ばず、
多分料亭とかに直行なのだろう。

私の名字を見た網屋さんが「あんたはこっちの出身だが?
あんたと同じ名字の人、こごらへんさいっぱいいるよ」って聞いてきた。
私の名字は岩手、宮城に多い。
両親の親戚は北秋田と北海道にしかいないけれど、
確かにルーツは宮城なのだ。
震災後、死亡者名簿にこの名字がたくさん載っているのを見て、
心が沈んだものだ。

この日は14時半ほどで作業終了。
Sさんに「明日も来ていいですか?
もういらない?私らクビ?」と冗談で聞いたら
「明日も来てくれると助かるよ」と笑いながら言ってくれた(笑)
そのままボラセンで報告を済ませると、Sさんがボラセンに電話して
「すごく助かったから明日も同じ人たちをよこしてほしい」
と言ってくれてたらしい。嬉しい!!!


その後、地元の方から教えてもらった温泉「玉の湯」へ。
高田で入れるのは便利だし、温かい雰囲気の良いお風呂でした。
夕飯は大船渡の屋台村のそばにあるビニールハウスの居酒屋へ。
ここは新鮮な魚が安く食べられるというので行ってみました。
メカジキの中落ちおいしかったー!!
その後はいつものように住田町基地へ。
やはり去年に比べると随分ボランティアが少ないけれど、
余裕で眠れるので嬉しい。
でも、GWにはまたたくさんの人が泊まりにくることでしょう。

つづく

Posted on 14:03 [edit]

category: ボランティア

tb: 0   cm: 0

ボランティア 陸前高田市 10月9日  

2日目。
朝、7時半に住田町基地を出て陸前高田市へ。
まずはお昼を買いにローソンへ。
私が最後に行った7月にはまだローソンは建設中だったので、
オープンしていてすごく嬉しかったです。
周辺にも小さなお店やマイヤも・・・・!
時間があれば寄りたい場所がどんどん増えてきていて本当に嬉しい。
以前の街並みに比べれば本当に小さな一歩なのだろうけれど、
でも確実にお店が・・・!

高田のボラセンはいつものようにたくさんの人がいました。
朝ミーティングが終了し、個人ボランティアの登録受付をします。
個人ボランティアへの要請は7件あり、
私たちは広田町羽根穴の田んぼのガレキ撤去にしました。
25人ほどのグループで現場に向かいます。
リーダーはとても利発そうな若いイケメン。
先に行って分岐点で立ってみんなの車が
迷わないように待っていてくれるといいます。
とりあえず、ナビに住所を入れて向かいました。
以前きた時に陥没していた橋や道路も少しずつ改修されていて、
通りやすくなっていました。
前はバスが落ちるんじゃないかとハラハラしたものです。
途中、広田町に入ってからちょっと迷ってしまったのですが、
アナログGPSな地元のおじいちゃんに聞いたら
「そごくねくね~ってあがってげばすぐだ」と教えてもらい、
結局イケメンが立っているという分岐点は通らず、私たちが1番乗り。
現場は広大な田んぼ。あ、だから広田・・・?違うか。
湿原のようにぬかるんだ土地に藁が大量にぶちまけられているという・・・。
そこの山の斜面には重機も入れないので、
斜面にあるガレキを手で運ぶというのが本日の作業です。
最初はあまりないなあ・・・と思っていたのですが、
林の中には無限にガレキが転がっています。
巨大な水槽、冷蔵庫、壁、ドアなどなど・・・・。
足場がぬかるみなので余計に力が入り、
もう昨日の筋肉痛に新たな筋肉痛がプラスされ、
全身がウギャーという感じでした。
まあ、普段の運動不足のせいなのですが・・・。

埼玉からご夫婦で参加していた年配の女性は、
5月に野田村にバスツアーで参加し、
それからやはり被災地を心配し、
マイカーで来るようになったそうです。
定年後で時間があるから・・・とのことでしたが、
60代の方には本当に過酷な作業です。
その女性が、「若い人たちがたくさん来ていて、
日本は大丈夫だと安心しましたよ」とおっしゃっていました。
確かに、高校生や学生さんが今もたくさんきているし、
年齢は本当に関係なく皆さん相変わらず被災地に駆けつけてくれている。
一人の手は小さいし力も小さいのだけれど、
あちこちキレイになってきているのを見ると、
私たちのやっていることは決して無駄じゃないのだと思うし。
部屋も散らかっているとやる気なんてわかないし、気持ちも荒んできます。
土地だってそうだと思う。少しでも土地がキレイになれば、
被災した人たちだって、「もう一歩進んでみよう」って思ってくれるかもしれない。

仲間の一人が「どうしても一本松を見たい」
というのでそばまで行きました。
私は瀕死の松を近くで見る勇気がないので車から降りませんでした。
どうか頑張ってと心の中で祈りました。

その後、川の駅・マイヤ・ローソン・お魚センターなどに寄ったのですが、
疲れ果てた私は運転だけで精一杯。
結局マスカットサイダーだけを買って帰ってきました。
次回は小さいお店にも寄ってきたいです。


自分たちで行くと、今まで分からなかった地理も分かり、
三陸への愛着もますます湧いてきました。
次回は地元のお店をもっとうまく利用しながら行こうと思います。

大船渡、陸前高田、釜石などのおすすめのお店、
おいしいお店の情報などありましたら教えてくださいm(_ _)m


Posted on 11:46 [edit]

category: ボランティア

tb: 0   cm: 0

Twitter

プロフィール

カテゴリ

最新記事

最新コメント

月別アーカイブ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。